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中野友加里が語るオリンピック

前エントリー記事「中野友加里が発する言葉Link 」からの続きです。


実は先日「PASSION 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック」という雑誌で「中野-小塚 対談」を読む機会を得た。


その中で「おや?」って思うことがあった。何故ならその有言実行の中野さんが、オリンピックに向けての意欲を明確に言及されていたからだ。


対談自体は今年の1月、SOI大阪公演2日目終了後に行われたものらしいんだけれど、彼女の表に出てくる発言でここまで前向きにオリンピックについて語っているのはこれが初めてではないだろうか?


実は中野さんは今まで、オリンピックついてあまり多くを語っていない。いやむしろ語ることを避けていたような節すらある。後ろ向きな発言というより、そもそもオリンピックにそれほどのこだわりは持っていないかのようであった。


今手元に東京ワールドの時の「女子フィギュアスケートチームジャパン オフィシャルファンブック2007」があるんですけれど、その中で中野さんはオリンピックに対してこんな風に語っている。


逆に競技生活に本当に納得がいたっら、オリンピックシーズンには関係なく、引退したいです。

これから4年後まで、意地でも続けたい、という気持ちはない。

日本のスケート選手は普通、大学4年で引退しますからね。

これらの発言は当時ファンの間で相当の物議を醸した。「事実上の引退宣言か?」とも読み取れたからだ。その後大学院の進学が決まった時には誰もが安堵したものだった。


SINSEIの記憶にある中でも、オリンピックについて前向きに語っているものと言えばせいぜい「出られるものなら出てみたい」程度だったと思う。


競技者としては誰もが目指すオリンピック、だから私も出てみたい。。。たぶん、まだまだ彼女の中で、オリンピックに向けての明確な理由付けが出来上がっていなかったんだと思う。


ましてや「有言実行」でさらにストイックな中野さんのことである、そう気安く軽い気持ちでオリンピックのことは語れない。「私にオリンピックを目指すだけの資格があるのだろうか?それだけの練習を積んで来ているのだろうか?」おそらくそんな自問自答の中で日々の練習に励んでいるんだと思う。


おそらく、そんな彼女に大きな変化をもたらすきっかけを作ったのが、実は高橋大輔選手なのではないだろうか?と実はSINSEIは考えております。


08年イエテボリ世界選手権終了直後の「高橋-中野対談」(「別冊ザテレビジョン 男子フィギュアスケート~2007-2008メモリアルブック」に収録)より


インタビュアー:
2年後、バンクーバー五輪に向けてのエール交換など、いかがでしょう?



中野:
私はまずオリンピック、行くことができればなって。



高橋:
いや、もう行くつもりでいなきゃ!



中野:
あ、そうなの?



高橋:
じゃなきゃダメだよ!



中野:
すいませーん(笑)。



高橋:
「行ければ」なんて、そこで引いてちゃダメだ!もう行くんだってこと、想定しなきゃ!



たぶんこの時から、中野さんのオリンピックについて、真剣に考えるようになったのではないだろうか?私は何故?、何の為に?オリンピックへ行きたいのだろうか?と。


ただ「みんなが目指しているから」ということでない、自分だけの主体的な理由を探し始めたのではないだろうか。


ちょうどその頃(イエテボリ世界選手権後)から彼女は頻繁に「感謝」という言葉を使うようになった。ジャパンオープンや地元でのトークイベントや、GPシリーズの記者会見でも「感謝」という言葉を掲げている。


「悔しさ」で幕を閉じた彼女のシーズン、なにが悔しかったってそれはたぶん感謝の想いが結果で残せなかったからではないだろうか?


このままでわ終われない、このままでは感謝の想いが伝わらない。その悔しさはきっと来季に繋がるはずだ。


「PASSION 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック」中野-小塚 対談より


中野友加里:
結局今年、世界選手権に一緒に行けないことはすごく残念。でも来シーズン、ふたりともに目指す場所、目標は決まっているので......2人で一緒に! 信夫先生と久美子先生をオリンピックに連れて行ってあげたいな、と思います。



いまようやく中野友加里が、オリンピックに向けての自分だけの理由を探し当てた。


自分のためだけでなく誰かの為に、、、だから私は戦う、と。


終わり


【関連エントリー記事】
逆転優勝!中野友加里 ユニバーシアードLink



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— posted by SINSEI at 05:45 am   commentComment [4]  pingTrackBack [0]

この記事に対するコメント・トラックバック [4件]

Up1. よっこ — 2009/03/01@10:35:45

私も、中野さんがバンクーバーを目指すと言ってくれたときには、嬉しくって涙しました。
トリノ出場をかけた全日本後、「トリノに行きたかった」と悔しそうに話す中野選手の言葉を私自身も何とも言えない思いで聞いていた気がします。
だからという訳ではないのですが、「バンクーバーオリンピックを、目指して欲しい・・・」というのが私のブログ立ち上げにつながりました。
中野選手は、オリンピックを目指す意義を自分の中でここ最近確立されている様子なので、私自身も期待をするというよりかは、「オリンピック目指してくれてありがとう」という気持ちが大きいかもしれません。
あとは友加里ちゃんの決意に就いていくのみですよね!!

Owner Comment SINSEI Website  2009/03/02@00:39:42

よっこさん、こんばんわ~。コメントありがとうございます!

私も、中野さんがバンクーバーを目指すと言ってくれたときには、嬉しくって涙しました。

ほんとそうですよね~。

中野さんはなかなかオリンピックについては語らないから、ファンはヤキモキしていたというか、「ほんとうのところ、どうなん?」ってね。そりゃ目指してはいてくれているんだろうけれど、選手自らの口からハッキリとその言葉が聞けるとやっぱり嬉しいですよね。

なかなかそういうことを軽々しく語らないところが逆に魅力でもあるんですけれど、でもこの時期に、この「悔しかった」オリンピック・プレシーズンの後半に、しっかりと来季の展望を、オリンピックへの意気込みを語ってくれる。

時が満ちたんだなと、彼女の中で気持ちが固まったんだなと、我々もさらに応援がんばるぞ!と、そんな気持ちです。

トリノ出場をかけた全日本後、「トリノに行きたかった」と悔しそうに話す中野選手の言葉を私自身も何とも言えない思いで聞いていた気がします。


そうですね、SINSEIはちょうどその頃中野さんを初めて知って、てかそもそもその頃はフィギュアスケートファンではなかったので、たまたまテレビで偶然見た05年GPFで中野さんを見かけて気になって、翌週の全日本でまた見かけて気になりだして、

「あ~この娘オリンピックダメだったんだぁ~」って、最初はその程度だったんですよね、SINSEIの場合。

だけど後からジワジワときて、あのキスクラやインタビューの時の悔しそうな表情が忘れられなくて、「あの娘やっぱりオリンピック行けなくて悔しかったろうなぁ~」って思って、ネットでいろいろ情報調べるようになって、その時TO.さんたちとめぐり会えて、どっぷりフィギュアスケートにはまっていった感じですから、

SINSEIにとってのフィギュアスケートファン、中野友加里ファンの原点もそこ(行けなかったオリンピック)にあるから、だからなおさら次のオリンピック(バンクーバー!)には出て欲しいという思いは強いですよね。

だからという訳ではないのですが、「バンクーバーオリンピックを、目指して欲しい・・・」というのが私のブログ立ち上げにつながりました。

そのお気持ちすごく良くわかりますよ。

「オリンピック目指してくれてありがとう」という気持ちが大きいかもしれません。

ほんとにそうです、そのとおりです!そして、、、

あとは友加里ちゃんの決意に就いていくのみですよね!!

おっしゃるとおりです!来季もガッツリと応援していきましょう!

オリンピックに行けるかどうかは、我々の応援にかかってますよ!
(↑↑↑あ、ちょっと気合入りすぎてしまいました、、、``r(^^;)

3. TO. — 2009/03/07@18:30:50

SINSEIさん、コメントが遅くなりました。

中野さん、小塚君ともに、バンクーバーへの想いが手に届く所に来たことは、以下抜粋する「君なら翔べる!」の頃からコーチともども順調に来られたということですね。

この本の、まえがき、あとがきが2005年12月1日ですから、前回のオリンピックシーズンに入る直前くらいの口述・インタビューでしょうね。丁度、中野さんの大ブレークが始まる直前で、コーチも多分夢の段階だったことでしょう。中野さん、小塚君ともに、その頃からの夢が実現して欲しいものです。

【佐藤信夫】オリンピックは、自分が二回出て、コーチとして行ったのは6回かな。(その後トリノに行って7回)

【佐藤信夫】これから選手を自分の手で育てて・・・というのは、年齢的にも体力的にも難しいと思います。・・・(中略)・・・コーチとしてはもうそろそろ・・・ね?
中野友加里と2010年のバンクーバーオリンピック? ふふふ、そのためには車椅子でも買ってもらわなくちゃ。今医師に言われて、毎日一生懸命歩いてるんですよ。痛風を何とかしなきゃいけないって。

【佐藤信夫&久美子対談】
司会  バンクーバーのオリンピックも。友加里ちゃんもいることですし!

久美子  いいですねえ、バンクーバー。大きな夢ですね。友加里ちゃんも、すごくがんばってるからね。がんばったから何かが得られるというものではないけど、やっぱり彼女の努力に対して、何かあればいいなって、思いますもんね。
・・・(中略)・・・

信夫  彼女も今、日に日に変わっています。とても楽しみな選手ですよ。バンクーバーといえば、僕は初めての世界選手権が1960年のバンクーバー大会なんですよ。だから愛着もある場所だし、行きたいなー、もう一回行ってみたいなー。

Owner Comment SINSEI Website  2009/03/08@03:00:36

TO.さん、コメントありがとうございます!

あ~しまった!結局SINSEIは「君なら翔べる!」をまだ読んでいなかった、、、確か倉敷の図書館にあったはずだから今度行ってみるかな?

「君なら翔べる!」からの抜粋、ありがとうございました!なかなか興味深い内容ですね。

この本の、まえがき、あとがきが2005年12月1日ですから、

まさにトリオの代表を狙って熾烈な戦いが繰り広げられた時期、中野さんのNHK杯優勝の直前といったところでしょうか?そのちょっと後にSINSEIは中野さんのことを知るようになる、、、そんな時期の本ですね。

「次は、バンクーバーは、中野友加里で」

佐藤夫妻コーチたちにとってもそんな思いはこの頃からあったのですねぇ~。そしてもしかしたら(文面から想像するに)それを自分たちの最後の(?)花道にしたい、、、なんてもしかしたら思っているのでは?

そっかぁ~佐藤信夫先生の初めての世界選手権がバンクーバーだなんて、意味深ですよね。あれから50年、今度はオリンピックで、自分の教え子と共に、かの地を踏めたら、、、これが信夫先生の夢なんでしょうね!

かなえさせてあげたいですね!(ネ、友加里ちゃん、、、笑)

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