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なんとなく成毛滋について、、、

なんかもう昨年の3月に亡くなられていたんですね。
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昨年の暮れ、例の映画「PEACE BED アメリカVSジョン・レノン」でネットを徘徊していた時にたまたまその記事を見かけました。
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成毛滋さん(なるも・しげる=ギタリスト)
2007年3月29日、大腸がんのため死去。享年60。葬儀・告別式は近親者で終えた。
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もちろん世代的にはSINSEI達よりはかなり上の人だからそれほど思い入れが強いわけではないけれど、大学生の頃 文化放送の深夜番組「佐川急便提供ドクター・シーゲルのパープルエキスプレス」は時々聴いていた。
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「ギター講座」のコーナーもあってアシスタントだったジューシーフルーツのイリア相手にマイケル・シェンカーの「キャプテン・ネモ」なんかを「何番線 何フレットの何 ポーン♪」みたいな感じで教えていたのをなんとなく覚えているんだけれど、しばらく聴けない時期があって、久しぶりに聴いた時はアシスタントがイリアからSHOW-YAのツイン・ギタリスト2人組みに変わっていたりした。
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この番組のテーマ曲やCM曲がカッコよくて「Purple Express」はその名の通りパープル風で、もう一曲「暗闇の地獄の悪魔の炎」(題名は最近知った)はまさにそのタイトルどおりヘヴィ・メタル風。どちらもとてもカッコ良い。
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どちらも下記サイトで聴けます↓↓↓
Dr. Siegel's Archives - CMLink
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とはいえ成毛滋氏を語る上で欠かせないのが、ドラムにつのだ☆ひろ、ベースに(当時若干17歳の)高中正義を従えて、「日本のジミー・ペイジ」と言わしめた、あの伝説(?)のバンド「Flied Egg」ではないでしょうか?
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実は岡山に来てまだ右も左もわからない頃、たまたま岡山駅構内で「中古CDフェア」なるものが行われていて、なんとなく何を探すともなくプラプラとみていたらこのFlied Eggの「Good Bye」を見つけたときはほんと驚いた。恐るべし岡山!さらになんと「カルメン・マキ&OZ」のBESTもあったので一緒に買ってしまったのも今では良い思いでであります。
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名盤です↓↓↓

↑↑↑前半はハードロック、正にジミーペイジ、クラプトン張りのソロが聴けます。後半はプログレ風で結構泣かせます。1972年当時でこの音が出せているなんて凄いよぉ〜(涙)
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あ!そうだ!成毛滋の教則カセット、持ってなかったっけ?σ(・・?)
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(ただいまカセットテープの山を探索中・・・・・・・)
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あった!「成毛滋のロックギター レッスン 初級編」(Greco Rock Guitar Method)[特価¥300]って値札が貼ってある(笑)
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最後に下記サイトにてGypsy Eyesを一時的に復活させた1975年当時のレアな音源を聴くことが出来ます。成毛氏のギターが炸裂しています。↓↓↓
Dr. Siegel's Archives - Gypsy EyesLink
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遅くなっちゃったけれど、ご冥福をお祈りいたします。
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参考にさせて頂いたサイト
doo-bop days - 成毛 滋氏 逝くLink
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Dr. Siegel's ArchivesLink
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Cutie Morning Moon - fingers indexLink
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ALONE IN HIS ROOM - 未発表ライブ音源サウンドファイルLink
このサイトにある「521 Seconds Schizophrenic Symphony」はFlied Eggの「Good Bye」でもラストを飾っている壮大な名曲ですね〜。
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成毛滋W
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— posted by SINSEI at 03:43 am   commentComment [2]  pingTrackBack [0]

この記事に対するコメント・トラックバック [2件]

Up1. ドイツ特派員 Website — 2008/01/14@08:30:32

Sinseiさん、

成毛滋は、グレコの教則カセットで私の少し上の世代に影響を与えてますよね。高中正義のDVDで、ちょろっと「Purple Haze」をゲストとして弾いていましたが、それは特に大したことはなかったですねえ(汗)。

ちなみに成毛氏、実はブリジストン創業者の一族というセレブだったようです。幼稚舎から慶応だったみたいで、実は「Brio」という雑誌で見たんですね。慶応幼稚舎の特集だったと思います。

Owner Comment SINSEI Website  2008/01/14@17:21:49

ドイツ特派員さん、こんにちわ〜。コメントありがとうございます。

成毛滋は、グレコの教則カセットで私の少し上の世代に影響を与えてますよね。

らしいですよね〜。なんでもそれ欲しさにみんながグレコを購入したとか?それまで国産マイナーブランドだったグレコが、フェンダーやギブソンと肩を並べ一躍国内シェアトップにまで登りつめたのは成毛滋の影響力が大だったとか。。。

その辺のいきさつが
http://www.ne.jp/asahi/chelseas/terrace/DSA/greco.htmlLink
に書かれていて結構興味深いですよ。

(一部引用)
初め成毛は自分の耳が信じられず、バンド仲間を呼んで目隠しテストをしてもらったが、フェンダー、ギブソン、グレコと弾き比べると誰にきいても「一番音がいい」と言われたのはグレコであった。

「これはすごい!」とやっと状況を把握した成毛はその後ステージでギターソロの時にギブソンとグレコを持ち出し、「こちらが十六万円のギブソン、こちらが三万六千円のグレコです」‥と言って弾き比べてみせた。成毛は敢えて「どっちが良い」とは言わなかったが、客席からはどよめきが起こり、明らかにグレコの方がいいという反応であった。」
(引用終わり)

高中正義のDVDで、ちょろっと「Purple Haze」をゲストとして弾いていましたが、それは特に大したことはなかったですねえ(汗)。

(笑)チャックベリーが来日した時にバックでピアノなんかも弾いてたりしてますよね。

ちなみに成毛氏、実はブリジストン創業者の一族というセレブだったようです。

みたいですね〜。たしか三女の息子だったとか?進駐軍がよく家に来ていて幼少の頃から洋楽に慣れ親しむ環境にあったみたいです。

1969のウッドストックを生で体験した数少ない日本人の一人らしいですね。またFlied Egg 解散後、柳ジョージと渡英したときは柳ジョージの渡航費まで出してあげたとか?(まぁそれでも生活費稼ぐためにピアノバーで働いたりヌンチャクショーで荒業披露してたみたいですけど、、、笑)

とはいえ、それでも、才能を充分に発揮できるだけの環境と財力はあったんでしょうね〜。

ただ逆に言うと、妥協を許さないだけの余裕もあったから常に事務所やレコード会社とのトラブルはあったみたいですね。(最終的にはグレコとも決別してますしね)

ちなみにあえてブログ本文では書かなかったんですけれど、(昔聞いた話ですが)SINSEIの知人の知人ぐらいが御茶ノ水のイシバシ楽器の店員でよく成毛滋が遊びに来ていたそうです。で、来るたんびにその知人の知人に「●●ビデオ貸して」と催促してたらしいです。ただの助平なおっちゃんで通っていたみたいですよ。。。(笑)

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