ppBlog — the powerful personal-publishing tool

「それでも生きろ」というメッセージ

あの小林よしのりも、確か「わしズム」(サピオだったかな?立ち読みだったもので失念、、、)で触れていたけれど、

スタジヲ・ジブリ作品「ゲド戦記」のCMでのセリフ
「命を粗末にする奴は大嫌いだ!」

どうもこういう「絶対正義」みたいな言葉を大上段に構えて言われるとかなり引いてしまうし、ある種の胡散臭さも感じてしまうのだが、

けれど映画は観ていないし、どのような場面で使われたのかもわからないので、映画自体の論評は避けるけれど(その「命」が自身の命なのか他人様の命なのかにもよって意味合いも変わってくるし、、、)

ただ自分の「命」を懸けてでも守らなければならない「物」とか「価値」とかってあると思う。

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」
江戸時代中期、「武士道」について説いたといわれる「葉隠Link 」のあまりにも有名な一文。

いろいろな解釈のがあるのだろうけれど、「常に死を覚悟して精一杯生きろ」と言う意味だと私自身は理解している。

人は時として、自身のプライドを傷つけられたり、自分の価値を見失ったり、それこそ人としての尊厳を甚だしく傷つけられた時など、「死にたい」と思うことも、大人だろうが子供だろうが多々あると思う。大人でも年間3万人もの人が自殺する行き難い時代だ。

それでも、例えば映画「タイタニックLink 」や「ドラゴンヘッドLink 」(←こっちは映画としてはいまいちでしたが、、、)の様に「その困難を乗り越えて“生きろ”」というメッセージはただ「命を大切に」と言われるよりも心に響く。


東京の中野区、富士見中学校の生徒が岩手県盛岡市の駅ビルのトイレで「このままでは生き地獄」と遺書を残して自殺してからちょうど20年。
中野・富士見中学いじめ自殺事件Link

あれから我々はいったい何を学んだのだろうか?
文部科学省、教育委員会はどんな対策を打ってきたのだろうか?
そして報道はいったい何を伝えてきたのだろうか?

「報道」とは「報いる道」(むくいる道)と書く。そして情報とは「情けに報いる」(情けにむくいる)と書く。つまり「報せる」(しらせる)と「報いる」(むくいる)とは同義である。

「報道」すれば「報道」するほど連鎖を生んでしまう「自殺」
どうすれば被害者に「報いる」ことが出来るのか?
どうしたら加害者に「思い報せる」ことが出来るのか?


昨夜2ちゃんねるの「ニュー速+」内の「いじめ」関係のスレを徘徊していて印象に残った文章

引用元:
【福岡・中2自殺】 「息子の遺書、同級生に書かされたと…」 自殺生徒の父、ヤンキー先生に激白★2
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1163596892/179Link

(注意:上記引用先は[2ちゃんねる]内-「ニュー速+」板です。
正確な情報以外にも推理・推論・捏造・妄想および釣り・ネタ等、多数含まれてます。情報の精査は各人でお願いします。
また、下ネタ・差別発言・誹謗・中傷の類も数多く見受けられます。そういった発言で気分を害されたくない方は閲覧をお薦めしません。
最後に、リンク先でブラクラ・ウイルス・グロ画像へ誘導するいたずらも見受けられます。個人の責任において閲覧してください。当ブログでは一切の責任を負えません。
そもそも「2ちゃんえるは怖い」と思っている方は閲覧しない方が良いと思います。
てか、なんか疲れたこの注意書き、、、orz)

以下引用:
179 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2006/11/15(水) 22:54:03 ID:cCuOaqPy0
自殺を考えてるいじめられっこの君、
あなたは今、死んではいけない。

あなたの死の価値を、いじめるやつらに与える必要はない。
あなたの死の価値を、裏切ったクラスメイトに感じさせる必要はない。
あなたの死の価値を、見捨てた教師や大人たちに語らせてはいけない。

あなたが今、死んだとしても、
あなたを苦しめた奴らが仮に、苦しむことになっても、
そいつらに復讐した結果を見ることもなく、去っていくのは勿体無い。

生き抜け。
どんなに辛くても生き抜け。
苦しいのは今だけだ、明日が苦しいと決まっているわけではない。

戦い抜け。
どんなに辛くても戦い抜け。
勝負は1つだけではない、いくつもあるのだ。最後に逆転すればいい。

逃げまくれ。
今の苦境をできるだけ逃げまくれ。
チャンスはある。隙は生まれる。力を溜めることも、奇襲もできる。

そして最後に、奴らに勝て。
塾、ジム、自主特訓。ときに警察・弁護士・マスコミを利用しまくれ。
できる限り合理・合法的に、そしてずる賢く立ち回って、最後には奴らの上に立て。

そして最後には思い切り見下してやれ、集団でしかいじめられない、卑怯者の奴らを!!

引用終わり。

— posted by SINSEI at 09:42 pm   commentComment [5]  pingTrackBack [0]

この記事に対するコメント・トラックバック [5件]

Up1. 兄 — 2006/11/17@01:37:30

この前出張先で「国家の品格」の著者藤原 正彦がTVで教育問題でとても良いことを言っていた。正確な言葉は覚えていないので、かなりのフィルターが掛かっていることに注意!

いじめっ子は無くならない。いじめられっ子も無くならない。でも、いじめを無くすことは出来る。それは、いじめを見ている周りの子達に、傍観者は卑怯であることを教育すればいい。卑怯は人として一番の恥であることを教えるべきだ。

中学の時、弱いくせに革鞄を潰している奴がいて、それを見た奴が「お前生意気」だと言いながらピンセットでその鞄に傷を付け始めた。それを見ていた俺がその鞄の持主に「悔しくないの?」と聞いたら、彼は涙目で「悔しい」と言った。で、「じゃあ、俺が仕返してやる」と言って、ピンセットを持っている奴をコテンパンに叩きのめしたことがあった。その後、先生に殴られ「お前がやった事もいじめだ」と怒られた。orz

2. 御殿山の弟 — 2006/11/17@14:22:13

家内曰く、動物学的にみてもある程度の集団になるとどうしてもいじめは発生する、とのこと。
もちろん、僕らの時代にも当然いじめはありました。
いじめはなくならない!
(注、決して藤原さんにけんかは売ってませんよ、国家の品格ちゃんと読みましたよ。)
いじめをこの世からなくすことは出来ないんじゃないでしょうか
じゃどうすればよいか!
大人(周りの環境)が助けてあげるしかないでしょう、でもその大人がだらしなさすぎ、命の大切さを今真っ先に問わなくてはいけない校長先生が自殺するなんてのは、本末転倒でしょう。
自分の娘がいじめられたら、まず一緒になって逃げます。学校なんか死ぬんだったら行かなくてもいいしね、本気で一緒になって逃げる父親を見て子供はきっと何かを学んでくれると信じます。
でもその前に娘がいじめられているのか、元気に学校行っているのかを見抜ける父親にならなくてはいけない。
言いたいことはまだまだたくさんあるのだけど、PC不精なのでうまく思いが書けませんね、今日はこれにて。

Owner Comment SINSEI Website  2006/11/17@22:54:01

あ、「国家の品格」未だ未読です、、、スイマセンf(^^;)
.
>兄
 コメントありがとうございます。
>TVで教育問題でとても良いことを言っていた。
 これのことかな? [link:plaza.rakuten.co.jp/maymam/diary/200611100001/]『とくダネ!』藤原正彦氏『教育の品格』[/link]
.
なるほど「卑怯」かぁ〜(正に武士道ですね)
もはや「文科省が悪い」とか「報道が悪い」とかと、責任の擦り合いをしている場合ではなく、我々一人一人が「傍観者であってはならない」ということですね。
.
「論理的理由は何もない
ただただ卑怯だ ということを(中略)
ぶっとばしてでも(中略)
教えておかなければいけない」
と、上記のインタビューで説いてますね。
.
>弟
 PC不精にもかかわらずコメントありがとう!
あ、そうか〜奥さんは動物学者だったね。
もちろんいじめはなくならない。
ただ人を自殺にまで追い込むほどのいじめはもう異常ですよね。自殺教唆と言ってもいいかもしれない。
.
なんだか「いじめ」と「戦争」はちょっと似ている。
「戦争」は決して肯定は出来ないし、肯定しないけれど、ただ「戦争反対」を叫んでいても決して無くならない。ならば、「戦争」は「存在する」と認識した上で、「人の知恵」としてどう被害を最小限に食い止めるか、国際ルールを整備していくか。「いじめ」も同じなのかもしれないですね。
.
>本気で一緒になって逃げる父親を見て子供はきっと何かを学んでくれると信じます。
 そうですね。その時は逃げても良し、環境を変えてみるのも良し、独りになってみるのも良いかもしれませんね。
.
でも、でも、最後には「戦う」ことも学んで欲しい。それはいじめやいじめ加害者や学校や社会にと言うことではなくて自分自身にということかな(子供のいない私が言うのもおこがましいですが、、、f(^^;)
.
>でもその前に娘がいじめられているのか、元気に学校行っているのかを見抜ける父親にならなくてはいけない。
 と同時に「いじめる側になっていないか?」と言うことにも留意する必要もありますね。自分の子供を「卑怯者」にしないために。
.
(ところで元気でスクスクと育っているかな?今度のお誕生日で2歳だっけ?)
.
>言いたいことはまだまだたくさんあるのだけど、PC不精なのでうまく思いが書けませんね、今日はこれにて。
 おう、コメントありがとね。ところでUSJの日記をずっと心待ちにしているのだけれど、あれはまだかな?

4. ドイツ特派員 Website — 2006/11/23@22:36:52

Sinseiさん、
最近、どうも大人も子供も生きる力が落ちているんじゃないか、と思います。好き嫌いが多い、自分以外のものを認めない、折り合いをつけないなどなど。
昔、「何で人を殺しちゃいけないんですか?」という質問があり、答えられなかった云々というのがありましたが、確かに理屈でないことっていうのがあるはずです。

自殺が続いている時、うちの子供(中二)が、「死にたい奴は死ねばいいんじゃないか?」と言い出しました。どう答えて良いやら、と思いながら、「その子は本当に死にたかったのか?死にたいと思うように追い込まれたんじゃないか?だとしたら辛いぞ。あとな、お前に晋で欲しくもないし人を殺して欲しくも無いな」と暫くそのことを話していました。こんなのに理屈の回答は無いと思っているし、そんなことをするから答えられなくなるんじゃないかと思います。
あと、「情報」の件、私の話が刺激になっていたらうれしいです。

Owner Comment SINSEI Website  2006/11/24@00:03:25

ドイツ特派員さん、こんばんわ。コメントありがとうございます。
.
そうです、そうです、「情報」の件、大いに刺激になりました。「情報というのは「情けに報いる」ということ」、だから「Give and no takeで、こちらが出さなきゃ駄目なんだ」というお話。「情け」っていい言葉だなぁ〜。
.
>確かに理屈でないことっていうのがあるはずです。
 おっしゃるとおりです。理屈ではない、本当に人として基本的なこと。そのことが共通に分かり合えていれば良いのですが、それがわかり合えない人やわからない子供たちにどう伝えればよいのか?
.
例えば、子供の世界では今ではもしかしたらもう死語となりつつある言葉「世間」という言葉がありますが、それこそ僕らの若い頃には「世間体?なんぼのもんじゃぁ!世間様?どこのだれじゃ!」よろしく、髪を伸ばして、穴の開いたジーパンにぼろぼろのジージャン着て、ブーツの踵コツコツ鳴らして街を闊歩していたものですが、
.
ん〜なんというか、もちろん今でも「社会的地位や名誉、学歴、家柄」なんてfxxk offなわけですが、
.
それでもなんていうか、「俺は良くてもカミさんは良くないだろう?」
というか、「俺はfxxk offよろしく、でいいかもしれないけれど、そのことでカミさんが世間から恥をかくのは、いやっぱ嫌だなぁ〜」なんて、
.
そうやって人は人との関係の中で少しずつ大人になっていくのでしょうけれど、
.
ん〜なんか支離滅裂な文章になってきた。
でも、いまさらそのことを伝えるのに「世間様」なんて言葉は使いたくないしなぁ〜。
.
ところであの自殺をした校長先生たちの子供はやはり悲しんだのかな?自殺をしない子に育つだろうか?
.
もしも、もしも親が人を殺めたら、その子供は悲しむだろうか?人を殺さない子に育つだろうか?
.
今日はこの辺で。。。おやすみなさい。

この記事に対する TrackBack URL:

設定によりTB元のページに、こちらの記事への言及(この記事へのリンク)がなければ、TB受付不可となりますのであらかじめご了承下さい。

コメントをどうぞ。 名前(ペンネーム)と画像認証のひらがな4文字は必須で、ウェブサイトURLはオプションです。

ウェブサイト (U):

タグは使えません。http://・・・ は自動的にリンク表示となります

:) :D 8-) ;-) :P :E :o :( (TT) ):T (--) (++!) ?;w) (-o-) (**!) ;v) f(--; :B l_P~ (QQ)

     

[X] [Top ↑]

prev
2006.11
next
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
 
Created in 0.0678 sec.


T: Y: ALL: Online:
ThemeChanger